2015年頃から「ドローン」と呼ばれるマルチコプターが急速に普及し、航空宇宙を専門としない人にも認知されるようになってきました。それに伴い、産業用・ホビー用としてマルチコプターが活用される場面も増えてきましたが、ヘリコプターやマルチコプターの種類・形状やそれぞれの徴については分かりにくい部分も多く、あまり理解されていません。
このページでは、主にヘリコプター・マルチコプターの機体形状に着目し、どのような種類があるのか、形状ごとにどんな特性を持つのかを、航空宇宙を専門とするK-ki(K-ki@Ailerocket)が説明します。特に、マルチコプターの特性部分にフォーカスして解説します。
用語の定義
説明に入る前に、内容の捉え方に齟齬が生じないよう、まずはこのページに登場する用語を定義しておきます。
ドローン
ドローンという言葉には幾つもの定義があり、文脈や話者によって意味がまちまちになってしまっています。例えば、アメリカの英語辞典「ウェブスター辞典」では、ドローンは以下のように定義されています。
- a stingless male bee (as of the honeybee) that has the role of mating with the queen and does not gather nectar or pollen
- one that lives on the labors of others
- an unmanned aircraft or ship guided by remote control or onboard computers
3番の「無線操縦またはオンボードコンピュータによって誘導される無人の航空機・船舶」というのが我々が思い描いているものです(辞書によっては航空機に限るとするものもあります)。これが恐らく一番広義のドローンでしょう。この意味ではUAV(Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機)とほぼ同義と言えます。
もう少し狭義に、「無人航空機の中でも自律的に飛行することが可能なもの」という意味で使う場合も多いです。また、「無人のマルチコプター」というような意味合いで使っている人もいます。何れにせよ曖昧な言葉なので、使用するときは意味を明確にしたほうが良いでしょう。
ヘリコプター
ヘリコプターとは、ローターと呼ばれる回転翼を動力源を用いて駆動し、それによって揚力を発生して飛行する回転翼航空機のことを指します。ヘリコプターという名称は、ギリシャ語の「hélikos(らせんの)」+「pterón(翼)」に由来しています。
つまり、マルチコプターはヘリコプターの1種ということになります。多くの人が「ヘリコプター」という言葉から連想する、大きなメインローターと機体後方のテールローターからなる機体は、メインローターが1つの機体を意味する「シングルローター」という部類に入ります。
トラディショナルヘリコプター(トラッドヘリ)
「ヘリコプター」という言葉から多くの人が連想するシングルローター・テールローター式のヘリコプターを指します。マルチコプターが普及する以前からメジャーだったため、「トラディショナル」と呼ばれます。
ローター
ヘリコプターが飛行するために必要な回転翼部分のことです。ローターは水平方向の推進力と垂直方向の揚力を生み出します。
類似した者に固定翼航空機などで推進力を生み出すために使われる「プロペラ」がありますが、ローターとは別のものになります。ローターが推進力と揚力の両方を生み出すのに対し、プロペラは推進力のみを生み出します。
マルチコプター
3つ以上のメインローターを持つヘリコプターをマルチコプターと呼びます。メインローターの数に応じて、以下のように名称が付けられています。
メインローター数 | 名称 |
---|---|
3 | トライコプター |
4 | クアッドコプター |
6 | ヘキサコプター |
8 | オクトコプター |
シングル・ツインローター機とマルチコプターの違い
まず、マルチコプターとそれ以外のヘリコプターでは何が違うのか、そのポイントから解説します。
ブレードピッチ角の可変・不変
マルチコプターとそれ以外のヘリコプターの最たる違いは、「ローターブレードのピッチ角が可変かどうか」です。マルチコプターのローターでは、一般にブレードは固定された角度で取り付けられています。それに対しシングルローター機やツインローター機のローターは、ブレードの根本が関節のようになっていて、その角度を制御することが出来ます。
速度を持った流体中に翼面が置かれると迎え角に応じて揚力が発生します。つまり、ブレードピッチ角を制御できるということは、迎え角を制御できることです。これにより、ブレードピッチ角が可変のローターでは、回転数が一定でも揚力をコントロールすることが可能になります。
ブレードピッチ角が可変のローターには、以下に示すような大きなメリットがありますが、一方で重量が重くなり機械的な構造も複雑になるというデメリットもあります。従って、小型無人機が主流のマルチコプターではほとんどの機体で固定ブレードピッチ角のローターが使用されています。
上昇気流・下降気流に対する安定性
可変ブレードピッチ角のローターを持つシングルローター・ツインローター機では、上記の理由により揚力をコントロールできる範囲が広がります。その結果、回転翼の揚力が変化しやすい上昇気流・下降気流に対しより安定して飛行することが出来ます。
オートローテーションの可否
ブレードピッチ角を可変にすることによって得られるもう一つの恩恵は、オートローテーションが可能になることです。
オートローテーション(自動回転)とは、ヘリコプターがエンジン故障などによって動力を失った際にもすぐには墜落しないように、ローターの慣性力と降下に伴う下方からの気流により、揚力を生み出しながら緩やかに降下する飛行方法です。詳細の解説は省略しますが、このオートローテーションの実現にはブレードピッチ角の制御が不可欠です。
ローターの数が多いマルチコプターは安定な飛行を実現できますが、動力が失われたときには安全に着陸することが出来ません。一方でシングルローター・ツインローター機では、構造は複雑になるもののオートローテーションによる安全な滑空着陸が可能という大きな長所があります。
ここまで、トラッドヘリとマルチコプターの違いについて説明しました。次からは、メインローターの数による機体構造の違いを解説していきます。
シングルローター
先述の通り、メインローターが1つのヘリコプターをシングルローター機と呼びます。
ヘリコプターでは、メインローターを回転させると、機体はローターの回転と逆方向の回転力(トルク)を受けます。中学校の物理で習う「作用・反作用」というやつです。これではヘリコプターは飛行中にグルグルと回転してしまってまともに飛べないので、メインローターから受けるトルクを相殺する必要があります。
メインローターが2つ以上あれば、ローターの回転方向を逆向きにすることでトルクを相殺することが可能です。しかしシングルローター機ではそれは不可能なため、トルクを相殺するために何らかの機構が必要になってきます。その方法に応じて、シングルローター機は主に以下の3つのタイプに分けられます。
テールローター
機体尾部に小さな回転翼をもつことでトルクを相殺するシングルローター機です。最も一般的なヘリコプターと言えます。
ノーター
アメリカのMDヘリコプターズという会社が開発した、テールブーム(胴体から機体後方へと張り出した、垂直尾翼などが取り付けられる部分)から空気を噴出し、コアンダ効果によってトルクを打ち消す方向の力を発生させる方式です。
フェネストロン(ファンテイル)
テールローターと同等の働きをするダクテッドファンによってトルクを相殺する方式です。テールローターに比べると安全性が高いのが特徴です。
ツインローター
ツインローター機は、2つのメインローターを備えたヘリコプターです。逆トルクを打ち消すため、2つのメインローターはそれぞれ逆回転します。
二重反転式
1つの回転軸上に2つのメインローターを配置し、それぞれが互いに反転して回ることによって逆トルクを相殺します。
タンデムローター式
メインローターを前後に2つ配置しているのがタンデムローター式です。このタイプの機体としては、ボーイングの「CH-47 チヌーク」が圧倒的に有名です。機体の特性上、ヘリコプターの重量に対して小さなローターで済むため、輸送用途に活躍します。
サイドバイサイドローター方式
タンデムローター式ではメインローターが前後に配置されていましたが、サイドバイサイドローター方式ではその名の通り、胴体を挟んで並列した位置に2つのメインローターが配置されます。胴体とローターの間を固定翼で自然に繋ぐことができるので、巡航状態での効率が良くなります。
交差反転式
サイドバイサイドローター式におけるローターの間隔をギュッと狭めたのが交差反転方式です。2つのローターが衝突しないように、ローター回転の位相を少しずらしてシンクロさせてあります。
トライコプター
3つのメインローターを備えたヘリコプターがトライコプターです。メインローターの数が3つ以上のトライコプターから、マルチコプターに分類されます。Y型(Y3型)マルチコプター、スコーピオン型などの名称で呼ばれることもあります。
独特の形状がかっこよくて人気もありますが、安定性から言っても安全性から言ってもあまり長所はありません。ただし、ローターを取り付けるためのアーム数が少ないフレーム形状は、カメラの搭載には向いています。トライコプターで美しい空撮を行うだけの安定したフライトを実現するのは難しいのが難点ですね。
クアッドコプター
マルチコプターの中でも最も一般的なのがこのクアッドコプターでしょう。メインローターは4つありますが、その配置方法には様々な種類があります。
エックス型(X型)
もっともオーソドックスなクアッドコプターがこのエックス型です。胴体から見て、右前方・右後方・左前方・左後方の4箇所にローターを配置し、それぞれを中央部の胴体とアームで繋いだ形状をしています。
プラス型(+型)
プラス型のクアッドコプターはエックス型とよく似ていますが、ローターの配置場所が45度ずれています。つまり、機首・右舷・左舷・機体後方の4箇所にローターが配置されます。
エイチ型(H型)
エックス型よりも小型のクアッドコプターでは、エイチ型(H型)のフレームが主流になります。アームが中央部の胴体に集まってくるのではなく、前方同士・後方同士(または右同士・左同士)でまとまって胴体に接続しているイメージです。
また、クアッドコプターのフレームは、ここまでに紹介したような前後対称な形をしているものだけではなく、後方のローターだけを胴体から少し離れた場所に配置しているようなタイプもあります。
安全性・冗長性
クアッドコプターでは、4つあるモーターのうち1つでも故障してしまうとまともに飛行することは出来ません。モーターの数が少ないため余力がないことが多いというのも理由の一つですが、主要な理由は逆トルクを相殺できなくなるからです。
例えば右回転のモーターが故障すると、残るモーターは右回転が1つ、左回転が2つです。左回転のモーターが生み出す逆トルクを相殺するには左回転モーターの出力を下げるしかありませんが、そうすると実質モーターが2つしか機能していないことになってしまいます。これでは揚力不足ですし、安定性も失われるためまず飛べません。
シングルローターのヘリコプターに比べると、ローターの配置から静的な安定性は高いといえますが、モーターへの冗長性が全くなく、安全とは言えないのがクアッドコプターの弱点です。
ヘキサコプター
メインローターの数が更に増え、6つになるとヘキサコプターに分類されます。一般的なフレーム形状は、X型クアッドコプターにさらにアームを2本足したものですが、Y型のトライコプターようなム形状のフレームに対し、上下に2つずつローターを配置した「Y6型」と呼ばれるものもあります。
安全性・冗長性
ヘキサコプターでは、6つあるモーターのうち1つが故障しても、残り5つのモーターを利用できるため、揚力の観点だけからすれば飛行を続行できることが多いです。ただし、1系統ダウンを想定した飛行制御プログラムになっていない限り、「逆トルクを打ち消す」という制御と「故障したモーター部分の揚力を補う」という制御が干渉しあい、結果として上手く逆トルクを相殺出来ずにスピンしてしまいます(ピルエット)。
モーターの故障に関してはクアッドコプターよりも安全ではあるものの、まだ不安が残るという評価です。
オクトコプター
メインローターの数が8つにまで増えたのがオクトコプターです。ローターがここまで増えると、それに応じてバッテリーなども大型化し、機体全体がかなり大きくなります。プロペラを除いた機体の全長が1m以上になることも珍しくなく、重量が10kgを超えても離陸できる機体もあります。クアッドコプターと比べるとだいぶ大きいのがわかりますね。
エックス型(X8型・オクトクアッド型)
オクトコプターの一般的な形状は、胴体から8本のアームが伸びている形です。しかし中には、クアッドコプターと同じX型のフレームに、上下2枚づつのプロペラがついたエックス型(X8型・オクトクアッド型とも)と呼ばれるフレームタイプも存在します。
エックス型オクトコプターは通常のオクトコプターに比べてフレームの構造がシンプルになるので、扱いやすい場合も多いでしょう。
安全性・冗長性
オクトコプターは8個もモーターを搭載しているため、1系統がダウンしてもまだ7個のモーターを利用できます。もちろん機体の重量が重いなど、モーターに高い能力を要求する面はありますが、通常はそれを補うのに十分な能力のモーターが搭載されてます。従って、揚力の観点からは1系統のダウンでも多くの場合問題なく飛行を継続できます。
また、トルクに関しても、ヘキサコプターのように「逆トルクを打ち消す」制御と「故障したモーター部分の揚力を補う」制御が干渉しないため、モーターが1つ故障してもピルエットに陥りにくいです。これは、同じ回転方向のモーターが90度間隔で配置されているため(ヘキサコプターでは120度間隔)、「故障したモーター部分の揚力を補う=ロール姿勢制御」に影響を与えずに逆トルクを打ち消すことができるからです。
従って、オクトコプターはモーターの故障に関する冗長性・安全性に関しては、マルチコプターの中で最も優れているといえます。
目的別 ヘリコプター・マルチコプターの機体形状の選び方
最後に、産業用途・ホビー用途などで回転翼のヘリコプターを活用する場合の、機体形状の選定に関して簡単に触れておきます。本当はもう少し安定性や操縦性の話に踏み込みたかったのですが、それはまたの機会に譲り、大まかな特性ベースでまとめます。
レース用ならクアッドコプター
昨今少しずつ流行り始めているドローンレースに参加するのならば、クアッドコプターがおすすめです。そもそもドローンレースのレギュレーション上クアッドコプターしかエントリー出来ないことも多いと思いますが、大型の機体になればなるほど慣性力が大きくなり、小回りがきかなくなる点が重要です。
最大速度に限れば、馬力の出るヘキサコプターやオクトコプターの方が速いと思いますが、これらの大きくて重い機体では小回りがきかず、曲がりくねったコースを高速で移動するのは難しいため結局重さが仇になってしまいます。ドローンレースに参加する場合は、レギュレーション的にも参加できるレースの多い250サイズのクアッドコプターを推奨します。
空撮・測量用途にはオクトコプター
搭載する機材が多くなり、機体が大型で重くなりやすい空撮や測量用途には、モーターの故障に対する安全性の高いオクトコプターの使用が推奨されます。数キロの物体が人間の頭上に落ちると命にかかわるため、「墜落しない」というある意味当たり前のことがとても重要になります。
安全性に気を配ることは、人に対する危害を防ぐとともに、降下な機材も守ることになります。産業用途ではオクトコプターを推奨します。
シングルローターは大型の機体で優位
シングルローター機は可変ピッチローターを使用するため、メカ的にどうしても複雑になります。しかし、オートローテーションが可能なため、ローターの駆動力が失われても墜落しないで不時着させる安全な運用が可能という大きなメリットもあります。
エンジンを使用するような大型の機体においては、エンジンの数を増やすことはコスト的・重量的にも簡単ではありません。そして1つのエンジンで駆動させるとしても、動力の伝達を行うトランスミッションが結局重くなり、重量的な問題は解決しにくいのです。
従って、大型機が必要となる場面ではシングルローターのヘリコプターのほうが優位になると考えられます。現に農薬の散布用途などでラジコンヘリが実用されているため、このような場合にはマルチコプターよりもシングルローターの方が優位であるといえるでしょう。
マルチコプターのメリットは、構造的な単純さ・飛行原理の分かりやすさ・それに伴う操縦の容易さです。そのあたりのメリットと天秤にかけ、どんな機体を使うかを決めるようにして下さい。